【200年前の江戸の技術に挑む! 手摺木版本「北斎漫画」の再版】
現在の木版印刷の環境は、和紙の製造・木版摺・和綴じ製本の現場で高齢化や材料不足により
技術継承が危ぶまれています。
今回、当時の技術そのままに手摺木版印刷、和綴じ製本にて復刊をする事で、技術継承をしな
がら手摺木版版本・北斎の画業を広く知ってもらうきっかけにしたいと思っています。

江戸の浮世絵師 葛飾北斎が描いた版本(木版摺和装本)「北斎漫画」をご存知でしょうか?

表題に漫画とありますが、現代のマンガとは異なり、元は門下生のために画技を披露したスケッチを
集めたものです。踊りや相撲をとる人物から幽霊妖怪、風景や行事など3,900余りにも及ぶ図が、
全15編の木版摺和装本として収められています。
それは遠く海を越え、北斎芸術の真髄「絵の百科全書/ホクサイ・スケッチ」と言われ、19世紀
ヨーロッパの画家たちに絶大な影響を与えました。




葛飾北斎(1760〜1849)
90年の生涯を画業一筋に歩んだ、日本を代表する浮世絵師です。
50代半ばで「北斎漫画初編」は出版され、人気が衰えることなく、没後の明治11年に全15編をもって
完結するというロングベストセラーとなりました。
そして今日まで途絶えることなく、様々な印刷方法で出版され続けています。
しかし北斎が伝えようとした芸術性を感得してもらうには当時と同様に和紙を用い、手摺木版印刷の
北斎漫画を見て触れてほしいのです。
それが出来るのは江戸期の発行から数々の版元に移り、現在その版木を保管している芸艸堂なのです。

北斎漫画全15編 150冊制作
京都は染織、京漆器、仏具、陶器など様々な伝統工芸品の集積地であるため、製品デザインに利用する
図案が多く求められていました。当社はそのような図案書(デザイン書)・美術書を出版していました。
明治期のカラー印刷というと木版印刷が主流でしたが、やがて機械印刷が普及し、多くの出版社が
木版印刷から機械印刷へ移行してゆきます。そんな流れの中、当社の得意先は発色の良い高品質の
木版印刷を必要とする図案家達であった事もあり、木版摺の出版を続けることができました。
同時に木版印刷の出版を廃業された版元から版木を求版し、それらの版権が芸艸堂に数多く移りました。
その中に葛飾北斎「北斎漫画」がありました。

芸艸堂の版木蔵: 葛飾北斎、伊藤若冲、神坂雪佳など江戸期からの貴重な版木が数万枚保管
されています。
伝承する版木について:
名古屋・東壁堂→東京・吉川弘文館→京都・芸艸堂(現在)。
江戸から明治・大正に伝承された東京の版元の浮世絵版画の版木は、関東大震災・東京大空襲で殆んど
消失することになり、文化的にも産業的にも木版業界は大打撃を受けました。そんな情況のなか、
『北斎漫画』の版木(710枚)は明治末に京都へ移管されたため、この貴重な版木は失われることなく
伝承されました。

裏面に「版元 永楽堂書舗」の名前と所在地が墨書きされている版木。
版木の実情:
嘉永刊の14編、明治11年刊の15編は発行時の版木のままです。初編〜13編は江戸期に東壁堂で補刻
再刻するが、磨耗が激しいので明治30年代か40年代にかけて、東京・吉川弘文館でさらに補刻・再刻
され伝承されました。
版木の価値(全15冊・全434丁):
『北斎漫画』は木版画の基本である北斎独得の細密な墨の線の墨版(主版)1丁<見開き頁>を彫るの
に、最高技術の親方職人で一ヶ月に4丁が限界だったと想像できます。都合434丁を彫るのに、100ヶ
月余り必要です。四人の職人で25ヶ月余、約2年かかったことになります。さらに、<淡ねず>
<肉色>の色版を一版ずつ合計434丁(710枚 )を彫るので、江戸期の制作時はもとより、明治年間
においてもその時間と費用は膨大であった事が想像できます。

北斎漫画は墨線と他2色 計3色 3版を用い一枚を仕上げます。版にはとても堅く歪みが少ない桜の木を
使用しています。(縦25センチ×横38〜42センチ)
版木の調達:
伝承の『北斎漫画』の版木のうち色版は磨耗により補刻・再刻がされています。磨耗した版木を削り、
そこに再刻します。旧来の版木の表裏を使いますので、数度の削りにより、厚さ7〜8ミリの極端に
薄い色版の版木になる場合もあります。このように多量な版木を調達することが困難を要したことで、
費用も膨大であったことが想像されます。現在では版木の板を制作する板屋さんが廃業されています。
これだけの桜の板を集めることは不可能に近く、このような版木が明治以来当社に伝えられてきた
事はとても幸なことでした。

版本の用紙:
『北斎漫画』の用紙は薄くて丈夫な楮(こうぞ)を原料とした土佐の「須崎(すざき)半紙(はんし)」を使用
します。現在、この半紙を生産する地場は殆どなく、前回再摺りに用いた漉元も絶えてしまいました。
今回の再摺りに際し、新たな半紙を調合する必要がありました。摺師と何度も試し摺りを繰り返し、
調合をし直した再摺りにふさわしい半紙を調達しました。
再摺りに必要な枚数は全15編、各編平均29丁分で約80,000枚必要です。それを均質で丈夫、かつ薄く
漉くのに5ヶ月余を要します。

木版摺り:
通常、錦絵のような多色摺りの木版画を摺る際、バレンで紙背から摺り込む絵具を定着させ、和紙の
狂いを少なくするために、<湿(しと)り>を与えます。今回の摺りでは、半紙という薄紙に墨色・
淡ねず色・肉色の三色を摺り込む版本の摺りなので、<湿り>を与えずに、各色を摺りかさねて
いきます。





墨版による墨摺りが全ての基本です。薄い半紙にバレンの力加減一つで、北斎独得の筆線のタッチを
均質に定着させる技術が妙味といえます。よって限られた摺師達によって再摺りすることになります。



製本:
摺りあがった版画は経師(きょうじ)と言われる職人の手で1冊ずつ、製本していきます。経師も現在
では数名を残すのみとなっています。

摺りあがった版画を丁ごとに折り、圧をかけます。

ずれのないよう仮どめし、糸を通していきます。




北斎漫画 全15冊帙入り 150部摺立 ¥300,000+税
版木:芸艸堂蔵版木 技法:手摺木版画 用紙:土佐和紙(須崎半紙)
和装本(天地238ミリ×左右160ミリ)布製帙入・外函段ボール納め
総434丁(各冊平均29丁)
別冊解説(和装本1冊)付:永田生慈(葛飾北斎美術館館長)*発行2017年当時
芸艸堂(うんそうどう)
明治24(1891)年京都で創業した美術書の出版社であり木版画の版元です。芸術の「芸」と「草」
の旧字体「艸」で「うんそう」と読みます。本来 芸は「うん」と読みました。やがて「うん」
という読みが無くなり芸術の「藝」の略字となったのです。これは芸香(ウンコウ)という草の
名前です。洋名はヘンルウダという柑橘系の香りのする草です。当時は、紙を食べる紙魚(シミ)
という虫をよけるために栞として使われていました。和紙など紙を扱う会社であることからこの
草の名前を明治・大正期の文人画家・儒学者の富岡鉄斎(1837-1924)に命名していただきました。

創業時

現在
木版摺りの美術出版社として、彫り、摺り、紙漉き製本までを一貫して管理し、着物の図案集や
豪華美術本などの上質な木版画を出版してきました。
当社の版木蔵には江戸時代から現在にいたるまでの版木が数万枚所蔵され、その中には「葛飾北斎」
「伊藤若冲」「神坂雪佳」などの貴重な作品も多く含まれます。
現在木版版元といわれる店は京都、東京に数件だけとなっています。その中で伝統文化を伝える版元
の仕事として芸艸堂では意匠デザインを活かした商品、出版、日本画家などの複製版画の制作、
および意匠デザインのコンテンツ事業、伝承する版木の美術館での資料展示などを運営しています。
芸艸堂の仕事を紹介いただいた映像はこちら

Q:再版は何回くらいしていますか?
A:芸艸堂に版木が移譲されてからは戦後5回再版しています。平成20年が最後です。
明治〜大正期の記録が残っていないのではっきりとした再版回数がわかりません。
当社に版木が移る前の吉川版でも何度再版されたかは不明です。
Q:古い版木を使ってきれいに摺れるの?
A:サクラの板は堅く、反りや伸び縮みが少なく百年前の版木でも使用可能です。
ただ、やはり摩耗していたり、ひび割れしている版木もあるので、初版とまったく同じ状態で摺り
上がるわけではございません。
写真の版画は平成20年に再版した際の画像です。今回の再摺りも同じような状態で摺リ上がります。
Q:木版摺の北斎漫画と印刷(オフセット印刷)で刷られた北斎漫画は何が違うの?
A:オフセット印刷は鮮明な印刷が可能ですが色の混合で表現されるので拡大すると網点が見えます。
木版摺は色ごとに摺重ねるので発色は美しく、和紙に摺り込む際に凹凸ができるので奥行・立体感が
出ます。色の美しさ、和紙の手触りと風合いを愉しんでいただければ幸いです。
Q:木版摺の職人さんは何人くらいいるの?
A:京都と東京に複数人おられます。ベテランは60代以上の方がほとんどですが、20代〜30代の
これから腕も上達していく摺師達もいます。
今回の再摺りには5軒の摺工房に依頼しています。